昭和46年09月09日 朝の御理解
御理解 第21節
「信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげはなし。カンテラに油いっぱいあっても、芯がなければ火がともらず。火がともらねば夜は闇なり。信心なければ世界が闇なり。」
今朝のご祈念にお知らせを頂きました、それは見事な白磁の徳利です、昔一升徳利というのが有りましたね、あの一升徳利の見事な一升徳利、それにグイ飲みと申しますかね、盃、大きな湯飲み茶碗の様なグイ飲みです、あれを頂いた。どう言う事であろうかと、まあ思わせて頂いたのですけれども、あの徳利というのは、徳と利と書いてある、徳と利益の利と書いてある、ですからははぁ、今日の御理解は徳と利いうならば、お徳とおかげを一緒に頂いて行けれる信心。
それには矢張り受けもの、いわゆるグイ飲み、盃それがいる訳である。おかげを受けても矢張り有り難い、お徳を受ければ尚更ありがたい、尊い、そのおかげと、徳とを一緒に頂いて行けれる信心、そういういうなら欲ばった、というか事でよいだろうか、あれもこれも、一緒に頂いて行ける、ところが、金光様の御信心は、私はそれだと思いますね、教祖様はその様な信心を教えておられると思うですね。
徳と利とを一緒に頂いて行けれる、ですから、その受けもの、その受け物が例えばグイ飲みの事である、いわゆる盃である、それでこう頂くですから有り難い、勿体ない恐れずいわゆる、お神酒を頂くから、心がいつも有り難い、勿体ないでまあいうならばお酒を飲んで、酔いしれておるというかね、気分が良くなる様に、自分の心の状態も有り難い、勿体ないで、いっぱいで居られる。
いつも一杯機嫌で居る様にいつも心が大らか、愉快寒かっても寒さを感じん、暑かっても暑さを感じん位な、気分というものが、自分の心の中に頂かれる。金光様の御信心は、そういう徳と利を一緒に受けて行けれる信心にあるのですけど、只おかげを受けたい、おかげを受けたいというて、只目先の先の事が成就すれば、もうそれ丈で事足りて、金光様は有り難い、あらたかな神様じゃと思うておる丈で、一生を終わってしまう人がどのくらいあるか、分かりませんね。
先日7日の夜、松影会の幹部の方が来てお話をして下さいました中に、ある人が言ってました、久留米の初代の御信心といえば、もうそれこそ偉大な信心と申しましょうかね、大変なご人物の上に於いても、御信心の上に於いても、本当に三代金光様をして、久留米の石橋さんこそ、真の人でしょうなといわしめる程しの、素晴らしいご人物であった。それは私共久留米におります7年間、毎日お参りをさして頂いて、石橋先生の風貌に接して参りましたが、その当時は訳は分からんなりに偉大な先生だなあと思うた。
そういう大徳を受けておられた、人格を受けておられた、先生のところでどうして、あの当時の信者が、まあ殆どいう訳じゃないですけど、これはまあ私が知っておるだけでもですね、その当時のご信者さん方は、残っておられるのは、本当に数えるだけ、今の久留米教会の幹部の方たちは、私どもの知らん方ばつかりです、もうそれこそ、久留米の有名な方達は、皆金光様にお参りさせて頂いたが、昨日梅里先生の奥さんが見えて、私共若い時には、石橋先生の居られる時にはようお参りしました。
大変なお参りしたと云うて居られますけれども、もう金光様の信心なんて、もう影もない、そうでない方は沢山居られます、久留米にはだからご本部参拝に、例えば千人参りと言った事が出来た。けれどもその千人参りに参った人達が、もう影を薄くなしてしまった、だけでなくて、もう影もこうけもない様になっておる、家すらない、おかしな事だなあ、おかげを受けたからこそ、沢山の人が参った、けれどもその徳利であるところの石橋先生自身は、徳も利も持っておられたけれども、頂いている方側は、利の方だけしか頂いとらなかった訳です。
例えばお金ならお金を頂いてもね、お金は使えばもうおしまいになるでしょう、だから、おしまいになってしまったわけです、だからああいう信心、そこんところは不思議とは思いませんかと、石橋先生の信心のいよいよ、久留米の初代の信心を、現代に活かすとか云われておられますけれども、どういう風にして頂いて、活かしていくかと、いうならば、石橋先生の利のところだけ取っても、それを表して行かれない。
先生が受けられた徳と利を頂いてこそ初めて、現代社会にそれを表して行けるのだと、それは、石橋先生のどこが素晴らしいかと言う事を、先ずはっきり把握して、枝葉ではない、本当のところ、どういう信心をなさったら、石橋先生があの様な大徳を受けられたかと、いう所を極めて、そしてそこんところを頂いていく、そこんところを自分のものにして行くという、信心にならなければいけないだろうと、言う様な事でした。
久留米の石橋先生はその徳と利をご自身頂いて行かれる、素晴らしい人格というおかげの受け物を、持っておいでられた、その当時それこそ沢山の人が、久留米の教会に集まった、その人達が、なら今はどこにどの様になったかわからんと言う事は、どう言う事であろうかと、それはおかげだけ頂いて、徳を受けなかったと言う事になる。今日例えばそういう様なお知らせを頂いてから、教典を開かせて貰いましたら、この二十一節でございましたが、今拝読させて頂いた。
信心せよ信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃというとこを、間違えておったのじゃなかろうか、信心せよ、信心とは、おかげを頂くことだと言う様な、考え方は駄目だと言う事。信心せよ信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのだと言う様な信心を頂かなければ、徳と利を受ける事は出来ない。そこでお互いの信心を思うてみます、果たして自分の信心は、成る程お願いする事は山程ある、だからいっぱい願う事もよかろうが、おかげを受ける事も有り難いけれども。
なら自分の信心は果たして、わが心が神に向こうて行っておるか、願わねばおられない、その願わねばおられない事柄とか、問題を通して、自分の心が神に向こうておるかどうかと言う事。どうぞ病気を治して下さい、どうぞ今日も金銭のお繰り合わせを頂かして下さい、願う事はよい事である、けどその願う事を通して、自分の心のいわば在り方というか、姿勢というものが、その事を通して、神様に向いて行く事が、信心させて頂こうという姿勢、気持ちが有るや否やと言う事が決まるのじゃないかと思います。
ここで信心なければ世は闇なりと、火が灯らねば夜は闇なりと、夜の事ですね真っ暗闇の中に、矢張り光が無ければ真っ暗である、けれどもそこに光が有れば不自由の思いをせんで済むと言う事です。本当に今は、自分の家の上では、もうそれこそ丁度、闇の夜の様な時ではなかろうかと、いろんな意味で難儀を感じる時には、そういう時でしょう。けれども、おかげを頂いて、信心の光を頂いとるおかげで、普通でいうなら泣きの涙であろう、普通でいうなら不平不足をいわにゃおられんところであっても。
不平不足そこは、口をついて出るものは、金光様有難うございます、勿体のうございますしか出らんのだ。普通でいうならこういう難儀のなかにあっても、家の中はそれこそ、笑い声が絶えないと言う様ないき方が出来る、おかげを受けておると言う事は、信心のおかげであり、という意味なのである、信心が無ければ世界が闇なりとまで、最後には仰有っとられます。そういう信心がです、世界の隅々まで行き渡るときに世界は、明るい世界、平和な世界、と言う事になるのです。
だからここで信心とは、信心無ければ世界が闇なりとはです、金光様の信心を拝みよりますというだけではいけないと言う事。その久留米が千人参りするときに、おかげを頂いた人達がです、だからそういう信心ではないと、ご本部参拝すればよい、毎日日参すればよいという信心ではないと、自分の心が神様に一歩でも向かって近づいて行く事を楽しみに信心させて貰っておるという信心、ここで仰有る、信心無ければ世界は闇なりと仰有るのは、それです。
信心だからそういう信心をです、頂かして貰う、言わば姿勢を取らせて貰うところから、徳と利が一緒に受けていかれるのである、難儀な問題が有った、けど、その難儀な問題をです、おかげを頂いた、その暁というか、時にはすでにお徳まで受けておったというのです。ところがです、あんなに沢山これは久留米の場合、お参りが有っておった人達がです、いなくなって仕舞ったと言う事はです、おかげだけを頂いて来たと言う事になるのです、だから消えてなくなった、石橋先生の信心を頂かず。
石橋先生のお徳によるおかげだけを受けて、そこで石橋先生の信心を頂くとか、表すとか言う事はおかげを頂くという意味ではなくて、先生の信心のどこを頂いたら、いや石橋先生ご自身がです、どういう信心をなさったら、あの様な大徳を受けられたであろうか、あの様なおかげを、受けられたであろうか、というところを、神習わせて頂かねばならんと言う事になる。
久留米の信心の真価とでも申しましょうか、それは矢張りなんというても、信心辛抱でおありになったと思いますね、四神様が、なあ石橋さん、信心辛抱さえしとれば、どのような事でも、おかげにならんことはないぞ、と仰有った、まあいうなら久留米のご信心を頂く、石橋先生のご信心を頂くと言う事は、そういう信心辛抱の徳が身に付くほどしの、辛抱をせなければいけないと言う事、そこで、なら久留米の人達が、その様な信心をしておるだろうか、いつも問題がいっぱいである。
まあいっぱいである事はよいけれども、問題が問題を生んでいくのである、いうなら難儀が難儀を生んでいくのである、難儀はその場で解消するのが信心辛抱の徳である。
石橋先生の信心辛抱というのは、なにほどはじめの間はそれこそ、断腸の思いをされたことに違いはありません、善導寺の親先生から頂いた話ですけれども、或るご本部参拝の時に、或る教会の先生が、何か箱の割り当てがいけなかったとか、悪かったとか、久留米の石橋先生のところに怒鳴り込んで来なさった。
もうそれこそ、赤面辨慶のごとなっていいなさった、けども石橋先生その事に対して一言も言い訳をしなさいませんでした。それこそお側の者が、先生どうか仰有ればよいのにと思う位であった、ところがそのご本部参拝の帰りにね、その先生とその信者さんが、怪我された、あぁ石橋先生のお徳は大した事だと、だからほんなごというたら怪我なさった、そうだろうけどもね、恐らくその当時の石橋先生の信心辛抱はね。
もうそれこそ、生神金光大神様と一生懸命なさっての程度の信心辛抱じゃなかったろうかと思うですね、それこそ断腸の思いをする様な思いをされながら、じっと辛抱された、信心辛抱じゃなかったろうかと思う。だから相手が怪我をしたのである、信者が怪我したりするようになった、まあ普通で云うなら、あれがあげな事いったけん罰かぶったというだろうけど、金光様の信心はそうじゃないですよね、
私の過去の信心が、そういう例が幾らもあります、ところが神様は、そういう風に現れなさる時代がありますよね。まだそれは覚えておられる方があろうと思う、私がお話にある教会に行ったそしたらもう、私の話を聞きたくないのか何か知らんけど、もうぷんぷんやって、私はお広前で話しているのに、隣の楽室でもう話しがされんごと、篳篥(ひちりき)を吹かれる、お話はされんですね、お神様に頂き頂きする話しですから、だから到頭話しを止めてしまいました。
そして泊まり込んで話しをしておりましたから、翌る朝、朝のご祈念に起きて、その方が参って見えた時にはね、口がこげん腫れておったですよ、ひっくり反って仕舞うてから、だから、その時分の私の信心がです、矢張りもやもやして、辛抱しておった黙っていいはしませんでした。だからそういう時に私の心が一つも引っかからずにですね、そういうわからん、駄々っ子のする様な氏子の上に、お詫びをしてあげる様な、心の大きな状態になっておったら、あんなに腫れる様な事はなかったろうと思いますね。
けど私は申しました。その方に。あなたに対する神様の願いというものはあろうが、夕べのあの事は、改まって、お結界にお詫びをしなされば、すぐおかげ頂きますがというて、それは素直に聞かれて、それはお昼に参られた時には、もう元の様になっとられました。そう言う事はよくございました、私の過去の時代に、私も一生懸命それは本当に辛抱しました、それはそんな位の事じゃなかった。
それはもっと怖い事沢山ございました、何べんも有りました、私を本当に人の前で辱められて、私はそれこそ断腸の思いをした事があります、そして、何年のうちに行方不明になって、今に未だ、何処に行ってあるやら分からん状態の人がありました。まあそういう例がいくらもありました、ですから、そういう時になら私の心に断腸の思いがせんですむ、もうそれこそ豊な心で受けられる。
だから石橋先生のご信心も初めはそうであった、けどその信心辛抱ぞ信心辛抱ぞと、教えられなさったから、本気で信心辛抱さして頂いておった所が、その信心辛抱のおかげが一歩一歩、石橋先生をして、神様に近づいて行く所の、おかげになってきた。そして辛抱せんで済むほどしの、言わば金光様が真の人だと、仰有った様にです、本当にそれこそ、只素晴らしい豊な心の、大きな心の先生に育たられた訳なのです。
もうその頃には怪我人なんかおそらく出来なかったでしょうね、そういう心の状態で、そういう形の上でも、恐らく助かっていったに違いありません、そういう心の状態なら、いわゆる桂先生が、石橋さんあんたんところの息子は馬鹿じゃなと、仰有ったっちゃです、顔色一つ変えられんで済むほどしの素晴らしさ、親先生おかげでしんじんが出来ますと、仰有ったという、石橋さんでかしたというて、お杯を一番口に下された。
それが今日私が云う、和賀心が神に向こうて行く信心をなさっておったからであります。例えば難儀な問題、成る程、先生のご長男であります、光雄先生は、それは素晴らしい先生でした、ご結界に座っておられる時は、私ども、光雄先生のおかげで、大変おかげを受けました、けどもご結界を放れられますとですね、一寸おかしいところが有ったです、お子さんの時に頭を打たれてですね、まあ丁度いうならば、脳膜炎を患った感じの状態が続かれましたですね、亡くなられる迄。
けども、一度ご神前に向かわれて、あのご祈念でも頂くと、もうそれは、身の縮むご祈念をなさりよりました、私共は光雄先生のおかげで、おかげを頂きましたがね、だから、光雄先生の事を仰有った訳ですね、あんたんとこの息子は馬鹿じゃな、とそうい自分の子供の中にそういうものがあった事をです、石橋先生はその事を通してです、自分の心は神様に向かうていかれたと、言う事です。
それで、日々の中にあるのですから、とっさの場合であっても、そのおかげで自分の心は、神様に向かうておられるのであるから、おかげでというておられる。私は今日皆さんにね、信心せよ信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃとはね、そう言う事なのです。今日私が頂きました事も、徳利それにいわば、ぐい飲み杯金光様の御信心はそういうおかげを受けて行けれる道なのです。
徳と利を一緒に受けて行かれる、ならどうでも、徳と利とを一緒に受けて行けれる様な同じお参りをするのです、バイ同じお供えをするのですバイ、それならおかげだけじゃ勿体無いじゃないですか、おかげはもう絶対消えます。おかげというものは、頂き続けねばいけません、頂き続けるためには、お徳を受けなければいけません、そこでもうひとつ私がいいたい事はね、それならばお徳さえ受ければ、おかげ頂くけんご神徳ば受ける信心ばしようなんて、ご神徳目当ての信心じゃ、絶対ご神徳は受けられんですね。
ご神徳を受けるために、火の行水の行というた人がありますが、それでは本当のご神徳は受けられません、ご神徳を受け様ではない、問題は自分の心の状態がです、すべての事を通して、わが心が神にさえ向こうてさえいけば有り難い、一歩づつ神様に近づいて行く事が有り難いと言う信心で、条件が無い、ご神徳をいっちょ受けてやりましょうと言った様な、気張った信心ではね、おかげになりません。
昨日、金光大神ご理解というのが、ご本部から送ってまいりました、この教典にないご理解をですね、書いてあるその一部をですね、その一番初めのところにこう言う様なご理解がついとります、「ご信心なされても、飛び込んで信心しなさるな、こうして麦飯の茶漬けを食べた心持ちで信心しておいでなされ」と、いうておられるご理解なんです。私が、今云おうとしている事は、こう言う事だと思うです、ご神徳を受けたいというてその、一生懸命飛び込んで、本気で真裸で信心しようと言った様な、はずみが如何にも良い様ですけれども、それでは、おかげは受けられん。
麦飯に茶漬け、もう普段の中にです、普段の日常生活の中に、自分の心がいつも、神様に向こうて行くという、もう平凡なたんたんとした信心を云うておられるのじゃないか、そういう信心をしておれば、おかげも受けて行く、いつの間にか、お徳も身について来るという訳なのです。特別張り切って、お徳を受けようと言った様な事で、お徳というものは、受けられるもんじゃないと、私は思います。
石橋先生でも、そういう矢張り信心をなさったのじゃなかろうかね、信心辛抱という、いわば信心が石橋先生の信心の芯になっておる。ところがなら、久留米関係の人達が、先生の信心を頂かねばならんというて、どれだけ信心辛抱のおかげを受けておられるであろうか、問題に問題がある事は、信心辛抱したらもうそこに問題は無い訳でありますでしょうが、けれども問題があると言う事は信心辛抱出来とらん。
そして言う事だけはせにゃん、する事だけはせにゃん、と言う事になって来るところにです、信心辛抱の徳どころではない、おかげさえ受けられんと言う事になって来るのじゃないでしょうか。どうぞ今日私が頂きます事は、その徳利、ぐい飲み、こういうおかげを受けて呉れというのが、今日の神様の皆様への願いなのです、お酒だけぐい飲みで頂けば良いというのではなくて、その徳利を頂かにゃいかん。
徳と利それを一緒に頂ける信心、ならばそういう信心とは、すべての事柄を通して、わが心が神に向こうて行くと言う事。そこんところをはっきりと信心せよ、信心とはわが心が神に向かうのを信心というのじゃと仰有っておられる、信心がなければ世界が闇なりと仰有るのは、金光様の信心しとれば、世界が明るうなるかと言う事ではない、今私が申します様な信心を頂かねばならぬ。いわゆる徳と利とを一緒に頂いて行く様な信心でなければ、世界を明るくして行く事は出来ませんですね。
どうぞ。